クリスマスは、本当に12月25日!? ~Message~

街中にジングルベルが鳴る時期になりました。

 

真っ赤な服を着て、白い髭を生やしたサンタクロース・派手なクリスマスツリーも目立つようになりました。

 

「あれれ?」

日本人はいつからクリスチャンになったんでしたっけ?

イエス・キリストが生まれた日はいつ?

イエス・キリストが生まれたのは12月25日ではありません。

 

生まれた記録も、亡くなった記録もなく、伝承だけしかないからです。

伝承の根拠は「新約聖書」です。

 

しかし、これも直弟子が書いたものではなく、あちらこちらに分散して伝わっていた資料や民間伝承を、孫弟子以降の人たちが整理したものだから根拠にならないのです。

 

出典は、マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネという人がまとめた4つの福音書です。

福音書は、この他に1945年にエジプトで発見されたコプト語で書かれた「トマスの福音書」や「ユダの福音書」・「ペトロの福音書」など、他の地域に伝わって残っているものがあります。

実はこの中にも、イエスの誕生について確証があるものはありません。

 

ユダヤ教とキリスト教の対立

イエスが生まれる以前のユダヤ人の2000年にわたる歴史は「旧約聖書」として残っています。

ユダヤ人は「旧約」だけが聖書であって、イエスの生涯と活動の記録である「新約」を認めていません。

 

旧約とは〝神との旧い約束”のこと、新約とは〝神との新しい約束”のことです。

つまり、「イエスは神の子」であるというのが新約ですから、それを認めて信仰する人たちの集団がキリスト教徒です。

 

だから、イエスをキリスト(救い主)と信じるキリスト教徒と、認知しないユダヤ教徒が対立するのです。

 

ちなみに、イスラム教も、この流れの宗教です。

旧約も新約のイエスも「予言者の記録」としています。

 

3つの宗教は「根っこが同じ」だから、厳しく対立するのですね。

 

イエスの生まれた時代

新約聖書によれば、イエスは両親がエジプトに行く途中、ベツレヘムで生まれたと記されています。

ローマ帝国のアウグストゥスの時代に人口調査を行ったとありますから、これが行われたのは紀元前4~8年です。

このことから、イエスの誕生は、西暦1年より少し前、紀元前4年ころになります。

 

ローマ帝国の最盛期に入るところですから、イエスの記録が残っていてもいいはずです。

 

でも、何もない。

 

ちなみに、BCとは、Before Christの意味ですね。

西暦1年はキリストが誕生した年のこと。

今年は、キリストが誕生して2016年目ということになりますね。

 

「よし!ベツレヘムへ行ってみよう!」

というわけで、私はイエス誕生の地に、旅することにしました。

 

たった一人で、エルサレムからバスに乗って、いまはユダヤ人と対立するパレスチナ人が支配するベツレヘムに行きました。

 

30年前のことです。

 

イエスが生まれたという馬小屋のところに、キリスト教会があって、地下に降りていくと、福音書のエピソードに纏わる装飾と集会場がありました。

教会の前に静かな広場がありました。

後日、ここで暴動が起こるとは予想さえできませんでした。

 

エルサレムの街は、ユダヤ教徒・キリスト教徒・イスラム教徒が混在して生活しています。私はイエスが十字架を背負わされた刑場のゴルゴダの丘まで続く道を歩くことにしました。

 

まさに映画「ベンハー」の有名なシーンのようにです。

この道はパレスチナの人々が居住している地域にありますから、背後にいろいろと複雑な事情があるのです。

 

エルサレムには、中世の十字軍が最終的に目標としたところに、イスラム教の「黄金のモスク」があります。

 

その近くにキリストの墓があったといわれる「聖墳墓教会」と「嘆きの壁」があります。

 

まさに、聖地中の聖地です。

 

巡礼者には申し訳ないけれど、不謹慎な観光客に過ぎない私は、かってに座ったり壁に寄りかかったり、モスクの前の木陰で昼寝をしているうちに

 

「そうだ!イエスが伝道の根拠地としたガリラヤ湖に行って、泳いでみよう。・・・湖畔で魚を食べよう・・・」と決意して、バスに乗りました。

 

バスの中は、武器を持った兵士たちがいっぱいでした。

戦時下ですから、途中で下車して砂漠の中に女兵士が消えていきました。

 

聖地エルサレムの嘆きの壁

サンタクロースのルーツとは!?

クリスマス

Christのmass(ミサ)は、他の宗教(ミトラ教)の「冬至の祭り」の転用だといわれています。

 

ギリシャ正教で暦の読み方(ユリウス暦)によって1月7日です。

このため、ロシアなどでは12月25日を降誕祭として祝わない地域があるのです。

 

サンタクロースは、聖ニコラウスのことですね。

彼は4世紀の東ローマ時代の小アジアの司教でした。

 

クリスマスにつながるエピソードは「ある時、貧しい家族が困っていることを知って、真夜中に金貨を投げ入れてやった。丁度、暖炉に靴下が下げられていたので、金貨が靴下に入った。それで貧しい家族は救われた」という伝承からきているものです。

 

煙突から入るのは「聖ニコラウスの訪問」というフィンランドの伝承をアメリカのクレメント・ケープという学者が詩にしてからだといわれます。

 

では、サンタクロースはなぜ赤い服と白い髭を生やしているのでしょう。

 

コカ・コーラの宣伝でこのように統一されたといわれますが、このスタイルは、1914年に、日本の「子供の友」で描かれているのです。

 

サンタの服装もイギリスでは緑、ドイツでは黒、その他、茶などもあります。

 

クリスマスソング「赤鼻のトナカイ」(Rudolph the Red-nosed Reindeer)は、1935年のシカゴにあった実話からのエピソードです。

CMソングですが、劣等感を克服したとても胸を打つ話です。

 

クリスマスツリーのモミの木の秘密

クリスマスツリーは「本来キリスト教とは無関係だ」といわれています。

 

キリスト教の伝道のために、北ゲルマン民族のユール(冬至の祭り)で使われていた樫の樹は、真冬でも緑を絶やさない常緑樹です。

これを入手しやすい「モミの木」に代えて使ったのだといわれています。

 

モミの木は三角形ですから、神と子と精霊の「三位一体」を象徴しやすいとか、アダムとイブがエデンの園で食べた「知恵の実」(リンゴ)を象徴しているといわれます。

 

モミの木の先端につるす星は、キリストの降誕を知らせるもの、装飾になっているオーナーメントボールはリンゴに代わるものです。


素敵なクリスマスを

12月24日をクリスマス当日だと思っている人がいますね。

24日と25日にまたがる真夜中が、クリスマスです。

イブ(eve)とは前夜ということです。

 

だから、日没後からクリスマスだというところもあります。

日本では,真夜中にミサ(mass)をするところが多いですね。

 

クリスマスが近付いてきました。この機会に、背後に横たわる宗教・歴史・伝統・文化・風俗に関心を持つと、きっと深い喜びや楽しみを味わうことができると思います。

 

クリスマスケーキを味わいながら・・・。