ショパンの「革命」は怒りに満ちている

人間の情熱を引き出すものは何か、怒り・不安・恐怖・使命・目的・役割・愛情・・・

 

受験生の場合は、夢・憧れ・希望・・・

 

この内、どれかが強ければ強いほど目的が明確になり「情熱」は高まる。

情熱にプラスするものは実行する意志である。

 

多くの場合は「怒り」が大きいのではないかと思う。

 

社会の矛盾・人生の矛盾への怒り。

自分自身に向ける怒り・・・。

ショパンの曲に流れる怒りの背景とは

ショパンの「革命のエチュード」と名付けられたピアノ曲の背景にある怒りは母国の自由・平等を求めて立ち上がった独立運動の挫折に対する怒りがあった。

 

ショパンの「練習曲第12番ハ短調作品10―12」は、一度聴いたら忘れることができない名曲である。

 

クラシック音楽になじみが少ない人でも、一度は聞いたことがある激しいオトが連続する曲である。

 

なぜ、この曲が多くの人に愛され、心を揺さぶってきたのか。

 

その理由は、激しい旋律の背後に怒りと絶望が渦巻いているからである。

 

フランス革命で目覚めた人間の尊厳・自由・平等・博愛の精神を求めて、ショパンの祖国・ポーランドの民衆が立ち上がったが、帝政ロシアの武力で抑え込まれてしまった。

この時、肉体も弱く、亡命先のフランスにいて蜂起に参加できなかったショパンの苛立ち・怒りがこの曲のベースになっている。

 

1831年のワルシャワの蜂起。

 

その挫折・怒りがこの曲を動かしている。

 

真実はわからないが、ショパンの演奏会には、ポーランドからの亡命者・留学生がたくさん集まっていたという。

 

その中には、マリア・スクウォフスカ(キュリー夫人)もいたという。

 

ショパンの祖国を思い、曲に込められた激しい怒り・憤りが熱気を帯び、唸りを上げて聴衆と共鳴し合っただろう。

 

破壊と復元の歴史の中で

私は一人でワルシャワの街を歩いたことがある。

 

第2次世界大戦で、粉々にされてしまった市街地を、市民たちは「レンガのヒビ1つまで」復元した。

 

その旧市街地の広場で、私は立ち止まってしまった。

この執念はどこから来たのか。

人々の怒りの深さ・想い。

 

人々が打ち砕かれた残骸を1つ1つ拾い集め、再構築していった情熱・執念は、祖国への愛と理不尽さに対する怒りから来るものだったろう。

 

私は1枚の「絵葉書」を購入した。

 

そこには、「破壊される以前の街」と「復元した街」が上・下に写っていた。

 

ポーランドは、他国の侵略を受けて、前後3回も大国に分割された。

 

そして1939年には、ナチスドイツと旧ソ連による分割もあった・・・

 

日本も第2次大戦に敗れ、東西に分割されることも検討されたという。

そうなっていたら、現在の私たちはどうなっていただろうか?恐ろしい!

 

ワルシャワの街では、毎年、8月1日の午後5時になると、サイレンが鳴り響く。

 

歩行者だけでなく、公共交通機関の車もその場で止まり、1分間の黙とうを捧げる。

これは、1944年8月1日・午後5時に開始されたワルシャワ蜂起の犠牲者を追悼するために行うのである。

 

傷は癒されることはない。

 

言葉が奪われるということ

小学生のころ、母が「キュリー夫人」(ポプラ社版)を買ってくれた。

中学生になってから、エーブ・キュリーの「キュリー夫人伝」を読んだ。

 

この本の中に「小学校で、内緒でポーランド語を勉強しているところに、突然、ロシアの査察官が来て、マリアにロシア皇帝を賛美させるシーン」があった。

 

私は、このページを読んで激しく動揺したことを忘れることができない。

 

自分の国の言葉を、学校で勉強することが禁止されている国があるという驚きだった。

 

言葉を奪う。

 

奪われるということは、現在も国家間である。

 

怒りはまだ終わっていない。

 

私は、マリアが住んでいたというワルシャワの通りを探して歩いた。

暗い人通りの少ない通りに面した家だと教えられたが実感がなかった。

 

最近は、観光化されて博物館になっているようであるが、私が探した時はわかりにくいアパートのような建物だった。

 

私たちは、ポーランドのことを、あまりにも知らない。

ポーランドの人々も、日本のことをあまり知らない。

もっと知り合う努力をしなくてはならない。

 

コペルニクスはなぜ「天動説」を覆す「地動説」を思いついたのか。

彼もポーランドの人である。

 

全ての発想を根本からひっくり返す地動説・その着想はどこから来たのか。ものすごい飛躍である。

 

私は不思議に思ったので、古都クラクフを訪れることにした。

コペルニクスがクラクフ大学で勉強したと聞いたからである。

しかし訪問しただけで、何もわからなかった。

が、街を歩きながら、この京都のような古都を通してこの国の歴史と文化を思った。

 

約100年後のガリレオ・ガリレイさえ宗教裁判にかけられたのだから・・・コペルニクスが地動説を「死ぬ直前」まで公表しなかった理由は、この説の怖さを知っていたからだろう。

学問は、世界を変えてしまう力を持つ。

 

「怒りのエネルギー」が持つ力

受験生は、いま勉強していることが力であることを理解して置くべきである。

 

「知識を持つことは力を持つことである」からである。

 

人間は誰でも祖国を持っている。

 

だから、祖国を愛する気持ちを持てば持つほど、亡国の哀しみが深まる。

 

ショパンの『幻想即興曲』を聴いていると、その華麗さに痺れて解けてしまいそうになるが、その奥にある哀しさや苦しみを知ることは、もっと大切なことである。

 

今なお、世界中の人が「自由や平等」の下で豊かな生活を送っているわけではない。

 

自由のために戦い、挫折し、諦めず再び立ち上がっていく。

 

「怒りのエネルギー」を思いながら、もう一度ピアノ曲「革命」を聴いてみることを勧めたい。