モヘンジョダロはなぜ滅んだのか

古代遺跡の典型的なものがモヘンジョダロである。

 

インダス川の流域にある古代都市は、パキスタンにある。

 

世界4大文明の発祥地として、中学生のころ学習したところだ。

だから、一度でいいから、自分の目と足で確かめたいと思っていた。

 

この巨大な都市が、なぜ滅んだのか?

誰が住んで、彼らはどこに消えてしまったのか?

いま、なぜ放置されているのか?

 

これからの学力テストには、

こうした「なぜ?」「どうして?」という問いかけが必要である。

 

数学で定義・公理の説明が出題されるように、

物理・化学・生物など理系科目でも、

地歴・公民(公共)など文系科目でも

要求される能力である。

 

暗記ではなく、自分で考え、判断し、表現することが重視されるからである。

 

先日発表された2020年からの入試科目を待つまでもなく

「学校では対応できないくらい」の課題と設問が用意されるはずである。

 

その基本は「なぜ?」という問いかけにしっかり対応する力である。

 

真夏のモヘンジョダロで見たもの

私が、モヘンジョダロと、少し離れたハラッパの遺跡を訪ねたのは、

太陽がぎらつく真夏、8月だった。ものすごい暑い日だった。

 

事前情報では、現地の治安が乱れていて危険であるとあったが、

私は「旅はいつも危険を伴うものである」と思っているので

「怖れていては何もできない」と考えて、飛行場を出発した。

 

サッカルの飛行場から2時間ほど揺られて

到着したモヘンジョダロは、猛烈な日差しの下にあった。

 

私が訪問した時は、赤レンガの他に何もなかった。

 

本当に何もなかった。

 

殺伐とした掘立小屋があるだけ・・・。

 

バスの外にあったものは、荒涼とした古代遺跡の風景と熱さだけであった。

 

何代・何層にも積み重なった古代遺跡は、あちらこちらで崩れかけていた。

 

しかし、まだこの古代遺跡について、少しも解明されていない。

 

モヘンジョダロで有名な「沐浴施設」に行った。

資料集にあるものである。

プールのような施設だが、本当はここで何をしていたのかわからない。

 

しかし、昔日は多くの人がここで働き、歓声を上げ、生活していたはずである。

どんな顔をして、どんな服装をして、どんな会話をしていたのだろうか。

 

が、今は何も見えてこない。

幻影さえ熱さの中で消滅してしまった。

 

5000年前の都市国家

アーリア人が、アフガニスタンからカイバル峠を越して、インドに侵入する以前の約5000年前から、ここに都市国家が繁栄していたという。

 

現在はインド南部に住むドラビダ語族の先住民が、この文明の主だろうと言われているが、何もわかっていない。

インダス文字が解読されていないからである。

インダス文字(印象文字)といっても、これが文字であるかどうかさえ特定できないのだ。

 

私は土産物屋で、土くれで出来た粗末な印象文字(インダス文字)が書かれた「印章」を買ってきた。

牛のようなものが描かれているだけである。

 

これを解読できたら、世界の歴史を変える記録を残すことができるだろうが、あまりにも資料が不足している。

 

ギリシャの線文字A以上に難解である。

 

また有名な「神官王」と呼ばれる「人物の胸像」の粗末なレプリカも購入してきたが不明なことが多い。

 

いま、私の机の上にある。

 

モヘンジョダロは小さな都市遺跡ではない。

整然とした都市計画のもとに、道路は直角に交差し、水道・汚染の排水システム・水洗便所・ダスターシュートまである。

 

近代都市のようである。

 

エジプトなどの「日干しレンガ」を積み重ねるだけでは、こんな大きな建築物はできない。

高温で焼き上げた「窯焼きレンガ」を使い、アスファルトなどで隙間を埋める耐水構造など、現代のアーバンデザインの専門家もこんな高いレベルの設計は困難だろう。

 

誰が設計したのか?

どのように施工したのか?

高い建築知識と土木技術と王権など強固な組織なくして、とてもできるものではない。

 

ここに紀元前2500年に最大40000万人の人が住み、豊かな生活を営んでいたというからすごいことである。

遺跡を調べてみると、定期的に清掃員が来て、ゴミを集め、人々はサイコロ・チェスのようなものを愉しみ、動物の仮面を被った人形劇が人気だったようである。

 

そんな街に人々が行き交い、人生を謳歌していた風景をイメージするだけで楽しい。

 

旅は自分の想像力を逞しく鍛えてくれる。

「宇宙船地球号」の行方

この巨大な遺跡が「塩害」に犯され、辛くも存在を維持しているだけのように見えた。

 

古いレンガは崩壊寸前で、その後世界遺産に登録されたが、とてもパキスタン一国で保全・維持管理はできない。

 

私は暑さに朦朧としながら、インダス川からの「船着き場」についた。

 

ここは多くの物流の拠点だっただろう。

 

しかし、すでに水はなく、船が出入りする痕跡は見られなかった。

すべてが枯れ果てていた。

 

この高度な文明が滅んだ理由はわからない。

 

インダス川の氾濫が原因だという説があるし、死者の姿から判断して,「核兵器」を使用したという説まである。

 

私は「焼きレンガ」を作る過程で、この地域の植物を伐採し環境を破壊してしまったからであるという説に共感している。

 

中国の黄河地域も、緑豊かな地域が文明の発達・都市の発達とともに「砂漠化」した結果と同じではないかと思っている。

 

現在のブラジル・東南アジアの熱帯雨林の伐採・開発の問題と似ている。

 

「宇宙船地球号」はいま瀕死の状態にある。

 

モヘンジョダロ(死の丘)の滅亡は、「古代核戦争による一瞬だ」という説を、あながち笑い飛ばすわけにはいかない恐怖として迫ってくる。

 

私たちの文明の発達は、いつか人間を超えて「わからない時代の遺跡」になってしまうかもしれない。